「食道癌診療ガイドライン 2022年版」―医療従事者だけでなく,食道がんの患者さんやご家族のよりどころとなる診療ガイドライン

2025年09月04日 | 食道がん

日本食道学会は日本における食道がんの診療と科学的研究を主導する学術団体です。その日本食道学会が,24の学術団体と患者さんの協力のもとで編集した「食道癌診療ガイドライン 2022年版」をご紹介します。

 現代の医療における基本的な考え方として「(科学的)根拠に基づく医療(evidence-based medicine: EBM)」というものがあります。EBMは,医療現場における医師の経験や患者さんの価値観,その時点で入手可能な科学的知見(医学・医療に関する研究成果)を総合的に検討して診療方針を決定することです。EBMは医療の安全性向上や関係者間の連携の強化,医療ミスの減少,資源の効率的活用,そして最新医療への迅速な対応を可能にします。

 EBMを実現するために,医療従事者は最新のエビデンスを知っておく必要がありますが,この際に診療ガイドラインは重要な役割を果たします。診療ガイドラインは専門家が最新のエビデンスをまとめて,その時点で最良と考えられる検査や治療法などを提示するものであり,患者さんと医療従事者の意思決定を支援します。なお,診療ガイドラインは実際の意思決定時に強制力を持つことものではなく,個々の患者の身体状態やおかれた環境なども総合的に検討された結果,ガイドラインの内容とは異なる診療が行われることもあります。

 診療ガイドラインは専門家が最新のエビデンスをまとめて,その時点で最良と考えられる検査や治療法などを提示するもので,患者と医療従事者の意思決定に重要な役割を果たします。なかでも重要なのがCQ(clinical question,日本語で臨床疑問ともいわれます)といわれるもので,選択肢が複数あって判断が必要が求められる場合に,それを「~において,~を用いることが,~と比較して,推奨されるか?」のように質問の形にしたものです。

 診療ガイドラインを作成する際には,患者さんにとって望ましい効果と望ましくない効果のバランスや,エビデンスの確実性,患者さんの価値観や希望,費用対効果など,様々な観点から検討を行い,CQへの回答として推奨文(すいしょうぶん)が作成されます。臨床現場においては,医療従事者は診療ガイドラインのCQと推奨文を参考にして,患者さんと一緒に診療方針を決定します。

 CQとそれに対する推奨文は,患者さんと医療従事者の意思決定を支援するものです。以下で食道癌診療ガイドライン 2022年版におけるCQをご紹介します(第Ⅰ章はガイドラインの概要を記した章でCQはありません)。

  • CQ1 食道癌発生予防の観点から健常人が野菜・果物を摂取することを推奨するか?
  • CQ2 食道癌発生予防の観点から多量飲酒者が禁酒あるいは節酒することを推奨するか?
  • CQ3 食道表在癌に対して臨床的にT1b—SM1 以浅T1b—SM2 以深を鑑別する際,鑑別方法として何を推奨するか?
  • CQ4 食道表在癌に対する内視鏡的切除後の狭窄予防に何を推奨するか?
  • CQ5 cStage Ⅰ(T1bN0M0)胸部食道癌に対して食道切除術と根治的化学放射線療法のどちらを推奨するか?
  • CQ6 食道表在癌に対し内視鏡治療を行いpT1a—MM かつ脈管侵襲陽性もしくはpT1b—SM であった症例に対して,追加治療として食道切除術と化学放射線療法のどちらを推奨するか?
  • CQ7 cStage Ⅱ,Ⅲ食道癌に対して,手術療法を中心とした治療と根治的化学放射線療法のどちらを推奨するか?
  • CQ8 cStage Ⅱ,Ⅲ食道癌に対して手術療法を中心とした治療を行う場合,術前化学療法,術前化学放射線療法のどちらを推奨するか?
  • CQ9 cStage Ⅱ,Ⅲ食道癌に術前補助療法+手術療法を行った場合,術後補助療法を推奨するか?
  • CQ10 治療前切除可能食道癌の化学放射線療法後に遺残・再発を認めた場合,救済手術を行うことを推奨するか?
  • CQ11 (化学)放射線療法後,食道内のみの遺残・再発食道癌(cT1b)に,内視鏡治療は推奨できるか?
  • CQ12 切除不能cStage ⅣA 食道癌に対して化学放射線療法を行うことを推奨するか?
  • CQ13 cStage Ⅱ,Ⅲ,ⅣA 食道癌に対して根治的化学放射線療法後に完全奏効を得た場合,追加化学療法を行うことを推奨するか?
  • CQ14 切除不能局所進行食道癌(cT4(大動脈,気管,気管支など)N0-3M0)に対し,根治的化学放射線療法または導入化学療法を行った結果,切除可能になった場合,手術療法にて切除することを推奨するか?
  • CQ15 切除不能進行・再発食道癌に対して一次治療として化学療法は何を推奨するか?
  • CQ16 切除不能進行・再発食道癌に対して一次治療としてフッ化ピリミジン,プラチナ製剤併用療法を含む化学療法に不応の時,二次治療として化学療法は何を推奨するか?
  • CQ17 切除不能進行・再発食道癌に対し,一次治療としてフッ化ピリミジン,プラチナ製剤併用療法を,二次治療で抗PD—1 抗体療法を行った場合,三次治療には何を推奨するか?
  • CQ18 通過障害があるcStage ⅣB 食道癌に対して緩和的放射線療法を行うことを推奨するか?
  • CQ19 根治的化学放射線療法後に完全奏効を得た場合,内視鏡によるサーベイランスは必要か?
  • CQ20 頸部食道癌に対して予防的に上縦隔リンパ節郭清を行うことを推奨するか?
  • CQ21 胸部食道癌根治術において予防的に頸部リンパ節郭清を行うことを推奨するか?
  • CQ22 胸部食道癌に対して胸腔鏡下食道切除術を行うことを推奨するか?
  • CQ23 胸部食道癌に対してロボット支援下食道切除術を行うことを推奨するか?
  • CQ24 胸部食道癌に対して縦隔鏡下食道切除術を行うことを推奨するか?
  • CQ25 食道胃接合部癌に対する手術療法において,予防的な縦隔リンパ節郭清は推奨されるか?
  • CQ26 食道胃接合部癌に対する手術療法において,予防的な腹部大動脈周囲リンパ節[16a2]郭清は推奨されるか?
  • CQ27 食道胃接合部癌に対する手術療法において,噴門側胃切除は推奨されるか?
  • CQ28 cStage Ⅱ,Ⅲ食道胃接合部腺癌に術前補助療法を行うことを推奨するか?
  • CQ29 食道癌術前リハビリテーションを行うことを推奨するか?
  • CQ30 術前術後化学療法施行中または終了後早期再発例(6 カ月以内)に対して推奨される化学療法のレジメンは何か?
  • CQ31 全身状態不良や臓器機能が低下した,手術困難な局所食道癌患者に対して,化学放射線療法を行うことを推奨するか?
  • CQ32 心肺機能が不良な患者に対して陽子線による化学放射線療法を考慮すべきか?
  • CQ33 食道癌根治切除後,高頻度の画像診断を併用したフォローアップ,低頻度の画像診断を併用したフォローアップ,画像診断を用いないフォローアップのいずれが推奨されるか?
  • CQ34 食道癌根治切除後に限局した領域に再発が生じた場合,根治を目指した積極的治療を行うことを推奨するか?
  • CQ35 (化学)放射線療法後に高度癌性狭窄が残存し,かつ根治切除が不可能である食道癌に対して,食道ステントを留置することを推奨するか?
  • CQ36 根治的治療適応外の食道癌性狭窄に対して,食道ステント留置後に放射線療法を行うことを推奨するか?
  • CQ37 バレット食道に対して上部消化管内視鏡検査によるサーベイランスを行うことを推奨するか?
  • CQ38 バレット食道に対して発癌予防目的に薬物治療を行うことを推奨するか?
  • CQ39 バレット食道そのものに対して発癌予防目的に内視鏡治療を行うことを推奨するか?

「診療ガイドライン」は患者と医療従事者の意思決定を支援する目的で作成されたものですが,主な想定読者は医療従事者です。

内容の理解には専門的な知識を要する箇所もありますので,ご注意ください。

食道癌診療ガイドライン 2022年版

5年ぶりの改訂となる今版では,新たに臨床病期別の詳細な治療アルゴリズムを策定し,アルゴリズムの分岐点に関与する重要なCQを追加・更新。また,患者の立場に立った益と害のバランスを重視し,CQ策定段階から患者と24もの協力学会へ意見を求め,多角的な視点から議論を重ねた。その他にもStageIVb食道癌に対する化学療法レジメンの表が追加,最新の食道癌取扱い規約第12版の内容が反映され,ますます使いやすくなった食道癌治療に必携の一冊。