HBOC(エイチビーオーシー)とは何でしょうか?家族や血縁者への影響はありますか?―「遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版」より

2025年09月04日 | おすすめ, がんと遺伝, 乳がん, 卵巣がん

遺伝性乳がん卵巣がんは遺伝性のがんの種類の一つです。このがんの研究・診療を牽引する日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)が編集した書籍「遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版」から,内容の一部をご紹介します。

 HBOC( 遺伝性乳がん卵巣がん,hereditary-breast-and-ovarian-cancerの略) は遺伝性のがんの種類の一つです。BRCA1(ビーアールシーエーワン),BRCA2(ビーアールシーエーツー)という誰もがもつ遺伝子に,生まれつき変化した状態(病的バリアント)がある方が,その遺伝子に病的バリアントがない方と比べると,がんを発症しやすい体質であることを意味します。「乳がん」「卵巣がん」という言葉がついている名称ですが,BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子がよく働いている臓器(乳房,卵巣,前立腺,膵臓など)でがんができやすいことがわかっています。既往歴(ご自身のがんの病歴)にかかわらず,一般的に日本人では約200~500人に1 人(0.2~0.5%)がHBOCに該当するといわれています。

 遺伝性のがんには,HBOC以外にもいくつかあります(Q4参照)。からだの細胞内のDNA(用語集参照)を修復する遺伝子,細胞の分裂を制御する遺伝子など,本来はからだの細胞のがん化を制御するような働きの遺伝子に,生まれつき変化が起こっている状態(病的バリアント)があることにより,本来の遺伝子の働きが果たせず,がんが発症しやすい体質になっていることを「遺伝性腫瘍症候群」と総称します。

 HBOCには,遺伝子のBRCA1BRCA2が関係しています。BRCA1遺伝子はヒトの染色体(用語集参照)のうち第17番染色体にあり,細胞分裂や細胞分裂の際に偶然生じるDNAの変化を修復する機能をもっています。BRCA2遺伝子は第13番染色体にあり,BRCA1の遺伝子からつくられるタンパク質と結合し,その働きを補助しDNAの修復にかかわります(図1)。

遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版,金原出版,p3,2022 より

 HBOC は,生まれつきこのBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子に本来の機能がうまく働かない変化がある状態です。

 性別や年齢にかかわらずすべての人はBRCA1遺伝子,BRCA2遺伝子をそれぞれ両親から1つずつ受け継いでいます(Q4参照)。例えば両親のうちどちらかがBRCA1遺伝子の片方に病的バリアントを保持している(HBOC)とすると,その親から病的バリアントを受け継ぐ可能性は2分の1です(図2)。

遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版,金原出版,p4,2022 より

 HBOCは常染色体顕性遺伝〔じょうせんしょくたいけんせいいでん,優性遺伝(ゆうせいいでん)〕(用語集参照)で血縁者と遺伝情報を共有する可能性があります。ご自身にBRCA1/2遺伝子の変化(病的バリアント)が認められる場合,子ども,きょうだいに同じ遺伝子の変化がある確率は男女関係なく50%(2分の1)になります。この場合,父親か母親のどちらかが同じ遺伝子の変化をもっていると考えられます。

 がんに限らず遺伝性の疾患には,父親と母親から受け継いだ2つの遺伝子のうち1つに病的な変化があると発症するもの〔常染色体顕性遺伝(優性遺伝)〕と,両方の遺伝子に変化があると発症するもの〔常染色体潜性遺伝(じょうせんしょくたいせんせいいでん,劣性遺伝(れっせいいでん)〕があります(図1)。HBOC は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)で子どもに遺伝します。

遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版,金原出版,p80,2022 より

 HBOCの原因遺伝子であるBRCA1/2遺伝子の変化(病的バリアント)は,子どもの世代には性別に関係なく2分の1の確率で受け継がれます(図2)

遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版,金原出版,p80,2022 より

 例えば,ご自身がHBOCと診断され,子どもが4人いる場合,それぞれの子どもが,2分の1の確率で同じ遺伝子の病的バリアントを受け継ぐことになります。4人とも受け継がれている場合もありますし,4人とも受け継がれない場合もあります。ご自身が陽性(病的バリアントを保持する)であっても,ご自身の子どもが陰性(病的バリアントを保持しない)の場合には,その子ども(孫)も陰性となります。また,ご自身が陰性の場合は,家系に陽性の人がいない場合と,家系のどなたかに陽性の人はいるが,たまたま自分が病的バリアントのある遺伝子を受け継いでいない場合の2通りが考えられます。このため,自分が陰性だから自分の親やきょうだいも陰性であるとは限りません。

 血縁者がHBOCと診断された場合,自分も検査を受けるべきでしょうかという相談を受けることがあります。HBOCであるかを知ることはご自身と家族の健康管理に役立ちますので検査が勧められますが,「じっくり考えてから検査を受けたい」や「とりあえず現時点では検査を受けない」など,ご自身の意志が尊重されます。また,検査には推奨される順番があります。例えば,母親の妹(叔母)がHBOCと判明したケースがあるとしましょう。自分も心配だから検査を受けようか悩まれて来院されました。遺伝性疾患の検査は一般的には上の世代からの検査が勧められるため,このケースでは優先されるのは母親となります。まず母親が検査し,陰性であれば,ご自身やご自身のきょうだいは陰性と考えられるため,検査する必要はなくなります。母親が陽性であった場合にはご自身も2分の1の確率で陽性と考えられますので,検査を行う流れとなります。このように,原則は年齢が上の世代からの検査が推奨されますが,実際のケースでは母親が遺伝学的検査を拒む場合や母親が他界しているなどの理由により,下の世代からの検査を行うこともあります。遺伝学的検査の結果を家族や血縁者などに伝えることの意義についてはQ23をご覧ください。

 家族や血縁者の影響については,血縁者の年齢や性別なども考慮しながら,遺伝カウンセリングの場で個別に相談するとよいでしょう。


遺伝性乳がん卵巣がんを知ろう!みんなのためのガイドブック 2022年版

親・きょうだい・子どもの三世代で学びたい,遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)の診療の実際。HBOCとは,HBOCと診断されたら,日常生活での注意点,など全59クエスチョンを掲載。初めのクエスチョンから読んでも,気になるクエスチョンを選んで読んでもわかりやすいQ&A式。患者さんとご家族,血縁者の方々など,一般の方にも読みやすい平易な文章で解説している。情報サイト一覧・保険適用一覧・用語集もついて,手頃なサイズが嬉しい。


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