「遺伝性大腸がん」は大腸がんの中で遺伝的な要因がかかわるもので,大腸がん全体の5%程度を占めるといわれています。大腸がんの研究・診療を牽引する学術団体である大腸癌研究会が編集した患者さん向けの書籍「患者さんとご家族のための遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2025年版」から,内容の一部をご紹介します。
※ 一部の図は書籍でご確認いただけます
血縁者に大腸癌が多い場合,「遺伝性大腸癌」なのですか?
必ずしもそうとは限りません。癌ができるのには,様々な要因があります。
血縁者に大腸癌が多い場合,遺伝性大腸癌の可能性がありますが,必ずしもそうとは限りません。大腸癌は一般的に複数の要因がかかわる疾患であり,食生活や運動習慣,年齢などの環境的な要因や遺伝的な要因などがかかわることが知られています。
遺伝性大腸癌は遺伝子変化が原因となり大腸癌を発生するもので,全大腸癌の約5% 程度と考えられています。遺伝子変化を共有していることがあるため,血縁者に高頻度で大腸癌が発生します。
一方,家族集積性大腸癌といわれるものもあります。それは原因となる遺伝子は明らかでなく,血縁者に複数の大腸癌患者が認められるものです。全大腸癌の20 ~ 30% がこれに相当するとされています。
大腸癌のリスクは家族が癌になった経歴〔家族歴(かぞくれき)〕がある場合には上昇しますが,それは遺伝的な要因だけでなく,食生活や生活習慣などの家族で共有される環境的な要因の影響も考慮されます。
家族に大腸癌の発症者がいる場合,定期検査(ていきけんさ)や遺伝カウンセリングを受けることで,個別のリスク評価や予防策を検討することが重要です。
「遺伝性大腸癌」の場合,子どもも必ず同じ病気になるのでしょうか?
いいえ,必ずしもそうではありません。遺伝性大腸癌の遺伝の仕方,疾患の種類,原因となる遺伝子によって,発生しやすい病気の種類やリスクは違います。また,治療の有無や生活習慣などの影響も受けます。
遺伝形式
親から子に体質が遺伝する形式には,顕性遺伝と潜性遺伝の2つがあり,(第2 章Q1 51 ページ参照),いずれかによって,親から子に同じ体質を受け継ぐリスクが異なります。
遺伝性大腸癌の多くは,顕性遺伝の形式です。遺伝子は父親と母親それぞれから受け継いで“対”となり存在しますが,顕性遺伝形式の場合,父親または母親のいずれかに,対となって存在する一方の遺伝子変化が見られます。この場合,50% の確率で遺伝子の変化が子どもに受けつがれます(図2-2 52 ページ参照)。顕性遺伝の形式をとる代表的な疾患としてリンチ症候群と家族性大腸腺腫症(かぞくせいだいちょうせんしゅしょう)があげられます。
一方で,頻度は低いのですが潜性遺伝の形式を示す遺伝性大腸癌もあります。父親と母親の両方から,遺伝子の変化を受けついだ場合にリスクが高くなります。代表的な疾患は,MUTYH 関連ポリポーシスがあります。この場合,患者の子どもは,対となって存在する一方の遺伝子にのみ変化が見られた場合には(保因者と呼ばれます)発症のリスクはあまり高くなりません。
疾患の種類
疾患の種類によって,大腸癌のリスクは異なります。例えば,家族性大腸腺腫症では,何も処置を行わなければ60 歳までにほぼ100%という高い確率で大腸癌を発症します(第3 章Q6 73 ページ参照)。また,十二指腸のポリープや癌の発生リスクも高くなります。一方で,リンチ症候群という疾患では,80 歳までに大腸癌を発生する確率は,MLH1 という遺伝子の変化を原因とする場合は46 ~ 61%,PMS2 という遺伝子の変化を原因とする場合は8.7 ~ 20% と報告されています(表2-1)。子宮癌の発生リスクも高くなります。

治療
治療を受けることで,発癌のリスクが下がる場合があります。例えば,家族性大腸腺腫症では,大腸癌による癌死を回避できる確実な治療法として,大腸をすべて切除する手術を受けることが推奨されています(第3 章Q7 74 ページ参照)。
また,リンチ症候群では,子宮癌や卵巣癌を予防する目的で,子宮や両側の付属器(卵巣・卵管)を切除する手術を受けることがあります。
生活習慣
生活習慣を改善することで発癌リスクが下がると言われています。例えば,リンチ症候群では,適正な体重を維持することや禁煙をすることで,大腸癌のリスクが下がることが示されています。
リンチ症候群にはどのような症状がありますか?
リンチ症候群に関連する腫瘍による症状がおこることがあります。
リンチ症候群の患者さんでは,大腸癌や子宮内膜癌が若くして発生しやすく発生リスクも高いことから,それらをきっかけに診断されることがあります。
癌による症状は一般的な癌と変わりありません。大腸癌に関しては,早期癌ではほとんど症状はなく,進行すると,血便や下痢,便が細くなる,貧血,腹部のしこり,腹痛や腸閉塞などの症状があらわれます。子宮内膜癌の初期症状としては,不正出血やおりもの(水っぽい,血液の混じった)が挙げられます。卵巣癌で多くみられる症状は,腹水,腹部膨満感(おなかの張りが強くなること),体重変化などがあります。腎盂尿管癌や膀胱癌では尿が赤色や茶色になる血尿を生じることが多く,見た目はきれいな尿でも健康診断などの検査でみつかる場合もあります。胆管癌や膵癌では身体が黄色くなる黄疸をおこすこともあります(図4-2)。

患者さんとご家族のための遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2025年版
大腸癌の中でも遺伝的な要因がかかわる「遺伝性大腸癌」について,患者さんやご家族にも分かりやすく解説しました。検査や治療についての解説はもちろん,「遺伝ってどういうこと?」という遺伝の基礎的なことから,「未成年の子どもに遺伝性大腸癌のことを伝えた方がいい?」「カウンセリングの費用は?」といったお悩みについてもQ&Aでお答えしています。専門の先生たちが作成した,安心できる1冊です。

患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2022年版
大腸癌の専門家の先生たちによる患者さんのための解説書が,8年ぶりに新しくなりました。「遺伝子検査」や「ロボット支援下手術」といった,患者さんの気になる最新のトピックを追加しました。さらに,お薬を使った治療の進め方や,特徴については表を使い,治療を進められる中で,患者さんやご家族の方の疑問を正しく解決できる,頼りになる1冊です。
